ギニアビサウからの手紙 第1回 【下】

1982年にさかのぼります。初めての子どもがお腹の中にいる時のことです。 マリアン・アンダーソン(注:指揮者トスカニーニが「100年に1度の声」と絶賛したアフリカ系アメリカ人。1897-1993)という歌手の黒人霊歌のレコードを、たまたま 聞く機会があったんです。ジャケットには、奴隷となった黒人たちが綿花を摘んでいる絵が描かれていました。 彼女の歌声を聞きながら、こんな思いが突然、私を襲いました。 <かつて、黒人たちは強制的に新大陸に連れてこられたけれど、私たちはその罪滅ぼしをしなければならない。 強いられて、ではなく、自ら進んで、アフリカに行って何かをしなきゃ・・> まったく唐突な衝動だったんですけれど、彼女の声が、それだけ魂に染みたのでしょう。この思いは、ずっと心から離れませんでした。

ギニアビサウからの手紙 第1回 【上】

ギニアビサウの夜明けは遅いのです。でも人々の1日は、まだ暗いうちから始まります。 朝の6時ごろ、センターの前の道を行く、ヒタヒタ、ヒタヒタ・・という足音が聞こえてきます。6時半になると、女たちがおしゃべりをしながら歩いていきます。薄い光の中を、その日売るものを頭に乗せて。 7時には、もうすっかりにぎやかです。子どもたち、豚、犬、ニワトリ、バイク、時には車も行き交います。

現地交流

当法人理事長、役員が毎年2回ギニアビサウ共和国へ赴き、学校の運営状況視察や里親事業活動を展開していますほか、国際関係機関(日本大使館やユニセフ等)との交流に努めています。また、現地スタッフを日本に招き、日本の社会や文化について見識を深めてもらっています。このほか、毎年スタディーツアーを開催し、ギニアビサウの文化に触れていただく機会を提供するなど、国際交流にも努めています。